僕はカロリーメイトに対して特別な感情がある。
確か幼稚園に通うより前の頃。家の近くに大塚製薬の自動販売機があり、そこにはカロリーメイトが売っていた。
ある日、何の気なしに親に「あれは何?」とカロリーメイトを指差し聞くと、両親は「あれは大人が食べる、すごくマズいものだ」というような説明をしたのである。二人とも口を揃えて。
おそらく、子供のオヤツには割高なので、「食べたい」と言われないための嘘だったのだと思う。
その後も何度か、自動販売機の前を通った際に「あれはマズいんだよね」「そうだね、マズいやつだね」というような会話をしていた。
それ以来、僕の頭には「カロリーメイトは、すごくマズい」という情報がインプットされた。思春期を過ぎる頃になっても、「栄養を重視した食べ物だから、味は悪くても仕方ないのだろう」という解釈で、「カロリーメイトは、すごくマズい」を疑うこともなかった。マズいと思い込んでいるのだから、食べたいと思うことも無かったし。
そして、実際にカロリーメイトを食べる事になるのは高校を卒業して上京し、独り暮らしをするようになってから。インフルエンザにかかりひとり寂しく高熱と戦う中で、なんとか栄養を取らねばとカロリーメイトを手にした。マズくてもいい…栄養さえあれば…
しかし、食べてみると、「あれ?マズくない…」
最初のうちは「両親にとってはこれがマズかったのか?」とか「このパサパサ感を、『マズい』と表現したのか?」などと考えたけれど、当時の我が家がどちらかと言えば貧乏だった事なども考えれば、やはり僕が欲しがる事を警戒してついた嘘だったんだと思う。
それ以来カロリーメイトは僕にとって「親が僕に嘘をついた」という事の動かぬ証拠なのである。大人になるにつれて分かってきた、「親の言う事が絶対的に正しいわけではない」という事の象徴のような。
今でもカロリーメイトを食べる時には、口に入れる直前まで「ものすごくマズい物なのでは」という気持ちになる。そして食べてみてから「うん。マズくない」と再確認。頭では分かっているし味も知っているはずなのに、その感覚はいまだに拭えない。