ブライアン・ウィルソンが聴いた「ラバーソウル」と、「ペットサウンズ」

素敵じゃないか

ビーチボーイズの歴史的名盤「ペット・サウンズ」は、ビートルズの「ラバーソウル」というアルバムに影響を受けて作られたと言われている。
しかし当時ビーチボーイズが聴いた「ラバーソウル」は、現在売られているCDと収録曲が違ったという。どう違ったのか?なぜ違ったのか?!というところを見てみましょう!

ペットサウンズとは

アメリカのバンド、ビーチボーイズの最高傑作とも名高いアルバム。当時レコーディングを主導していたブライアン・ウィルソンのプロデュースで緻密に制作され (歌以外の演奏はほとんどスタジオミュージシャンによるものだと言われている。)、評論家からの評論も異様に高いし、多くのミュージシャンに影響を与えている。2013年公開の映画「陽だまりの彼女」でも、上野樹里演じるヒロインがこのアルバムの1曲目「素敵じゃないか(Wouldn’t It Be NIce)」を恋人に聴かせるシーンがあるという(観てないので詳しくは知らないけれど)。
そんな「ペットサウンズ」を作るきっかけとなったのがビートルズの「ラバーソウル」だというのだけど…

ラバーソウルとは

ラバーソウルはイギリスのバンド、ビートルズのアルバム。こちらもいわゆる名盤の類で、この作品をビートルズのベストに挙げる人も結構多い。
シタール等のインド楽器やパーカッション、録音技術の向上やフォークロックからの影響、それらがポップミュージックとしてまとまった良作だ。
これを聴いたブライアン・ウィルソンが「俺もこれくらいいいアルバム作ったる!」と意気込んで「ペットサウンズ」を作ったとしても何ら不思議はない。
だけどもどうやら、当時ブライアンらが聴いた「ラバーソウル」は、現在我々が現在CDで聴くことのできる「ラバーソウル」とは別物であったようなのだ…

アメリカ盤とイギリス盤

結論から言うと、当時のビートルズのアルバムはイギリスとアメリカで曲順や収録曲が違っていたのである。
なぜかと言うとそれはアメリカでのビートルズのレコード発売元であるキャピトルの仕業。
おそらくこんな理由でキャピトルは曲順を組換えたりしたんだと思われる。

・シングル曲を入れたい。(当時ビートルズはシングル曲はアルバムに収録しないスタイルだった。)
・各アルバムの収録曲を減らしてその分アルバム数をかさ増ししたい。

どちらも、そのほうが儲かりそうな感じはするけれど。
…こうしてアメリカでは、「ミート・ザ・ビートルズ」とか「イエスタデイ・アンド・トゥデイ」とか「ビートルズⅣ」とか、本人たちが作った覚えのない独自編集されたアルバムが量産されたのである。

そういうわけでお察しのとおり「ラバーソウル」もキャピトルによって収録曲が編集されていた!
ではその収録曲を見てみましょう。

レコードA面
1.I’ve Just Seen A Face
2.Norwegian Wood
3.You Won’t See Me
4.Think For Yourself
5.The Word
6.Michelle

レコードB面
1.It’s Only Love
2.Girl
3.I’m Looking Through You
4.In My Life
5.Wait
6.Run For Your Life

本来の「ラバーソウル」に収録されていない曲は「I’ve Just Seen A Face」「It’s Only Love」の2曲(どちらも本来なら「Help!」のB面に収められているはずの曲)。なんと各面の1曲目を変えてしまうという大胆さ!
さらにDrive My CarNowhere ManWhat Goes OnIf I Needed Someoneの4曲が削られている。
ビーチボーイズが聴いた「ラバーソウル」はこっちの編集されたバージョンだったのではないか?という話なのだ。

本当に?

この「ビーチボーイズが影響を受けたラバーソウルはアメリカ盤だった」という説には実は賛否両論ある。
確かにビーチボーイズはアメリカ人なのでアメリカ盤を聴いていたと考えるのが自然。だけどビーチボーイズとビートルズ(特にブライアン・ウィルソンとポール・マッカートニー)は当時から親交があったので、イギリス版を手に入れていても不思議はない
ビートルズファンとしても(そしてきっとビートルズ本人たちも)正しい曲順のイギリス盤の影響であってほしいと思うのではないだろうか。少なくともストーリーとしてはそちらの方が、美しい。

編集意図

だけどひとつ言えるのはこのアメリカ盤「ラバーソウル」の編集がデタラメではなく意図を持ったもので、それがある程度成功しているということ。
単純にベスト盤的なキャッチーなアルバムにすべく編集するならば少なくとも「Drive My Car」、「Nowhere Man」を外すはずがないし、代わりに挿入するのが「I’ve Just Seen A Face」と「It’s Only Love」の2曲ではないと思うのだ。

ではなぜこのような選曲になったかというと、キャピトルはこの作品を当時アメリカで盛り上がりつつあった「フォーク・ロック」なアルバムにしようとしていたのではないかと言われている。確かに挿入された2曲はどちらもアコースティックギターを使った曲だし、実際この通りの曲順で聴いてみると本来の「イギリス盤ラバーソウル」に比べてアコースティックなサウンドに統一された印象は強い(1曲目が「Drive My Car」か「I’ve Just Seen A Face」かというのは、非常に大きな違いだなあ…)。

「統一感」

「ペットサウンズ」のサウンドは、全体を通して美しい統一感に貫かれている。瑞々しいような、ちょっとノスタルジックなような。バラバラに作られた曲を寄せ集めただけのものとは全く違うということを、この作品を聴いた事がある方ならば分かってもらえると思う。

そう考えると、残念な事に、「フォーク・ロック」としての統一感のある「アメリカ盤ラバーソウル」に影響を受けたと考えた方が自然なような気がしてきてしまう。「イギリス盤ラバーソウル」が傑作なのは間違いないけれど、こっちはむしろいろんなジャンルやサウンドがごちゃ混ぜの、バラエティとアイデアに富んだ作品に聴こえないだろうか。

そして「Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band」へ

そして「ペットサウンズ」は、今度は逆にビートルズに影響を与える。その結果出来上がったのがビートルズの最高傑作とも言われる「Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band」というアルバムだ。
先ほど「統一感」の話をしたけれど、このアルバムは「世界初のコンセプト・アルバム」と言われている。
架空のバンドである「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のテーマ曲に始まり、最後もテーマ曲のリプライズ。そしてアンコール曲で幕を閉じるという架空のショー仕立てのアルバムなのだ。
この「アルバムをひとつのコンセプトでまとめる」という発想は、間違いなく「ペットサウンズ」の「統一感」からの影響であったはずだ。

そしてこのアルバムから、キャピトルは曲順の組み替えをしなくなる。晴れてイギリスとアメリカで、同じ内容のアルバムが聴けるようになったのである。さすがにコレは並べ替えちゃいけないと思ったのかな。

まとめ

悪名高いキャピトルの編集によって生み出されたアメリカ盤「ラバーソウル」。それは売り上げのために、当時アメリカで流行の「フォーク・ロック」風に組み替えられていた。
それに影響を受けたビーチボーイズは、きらきらとした美しさに満ちた「ペットサウンズ」を制作。それはまるでアルバム全体がひとつの組曲のような統一感。
そしてその「ペットサウンズ」は再びビートルズに衝撃を与える。それをインスピレーションに作られた「Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band」は架空のショー仕立ての、世界初のコンセプト・アルバムとなった。

もしかして!キャピトルによる編集が無かったらビーチボーイズの最高傑作「ペットサウンズ」ビートルズの最高傑作「Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band」も違ったものになっていたかもしれない…存在していないかもしれない…とするとこれらに影響を受けて生まれた他のバンドの作品も…!
そんな風に妄想するのも、楽しいと思いませんか。

ペット・サウンズ
ペット・サウンズ

posted with amazlet at 14.01.21
ビーチ・ボーイズ
EMIミュージックジャパン (2009-07-01)
売り上げランキング: 126,504